同じ空を抱えて〈13〉

 

 

 

 イフィーからの一報があったのは、その日の昼前のことだった。

 ドロシーの案内で、すぐさま一行は庵を訪問した。全員での訪問はカルデアの事件以来だ。家主のイフィーだけでなくウィートもおり、しばし一行は再会を喜び合う。

 しかし事は急を要するので、もてなしも早々にイフィーは本題を話し始めた。小さな庵の中で、ソファーや椅子、壁際などそれぞれのポジションに収まり、耳を傾ける。

 

「全ての原因は、あの村にあったのよ」

「あの村って、ノクチュルヌのこと?」

「そう。……ドロシー、強力なARMを彫金する時、魔力の通りをよくするためにマジックストーンや宝石を付けるでしょう?」

「え? ええ……」

 

 一見関係なさそうな話題を振られ、ドロシーが疑問符を浮かべながらも同意する。

 

「以前アルヴィス君がファントムに使われたARM・クローズドウィングに用いられていた水晶……あれは、あのノクチュルヌから採掘されたものなのよ」

 

 かつてディアナがカルデアから持ち出したARMの一つ。ファントムが気まぐれにアルヴィスに使用し、彼の心の闇を増幅させたという代物。

 あの事件の際に壊れてしまったそれは、二つの銀色の翼が、中心に据えられた魔力の核である石を覆い隠すようにデザインされたものだった。

 

「もしかして、アランの行った洞窟が……」

「あ?」

「ほら、言ってたじゃない。初めてあそこに行った時。村外れに、水晶の洞窟があったって」

 

 スノウの指摘に、完全に聞き役に回っていたアランが時間をかけて理解する。

 

「……あの水晶が、ARMの材料だったってのか」

「今はもうないけれど、あの地域には昔火山があったみたい。大陸の変化で失われたけれど、その影響で水晶が今でも採れるようね」

 

 イフィーの説明を感心しながら聞いていた一行の中で、目が見えないためにソファーに座らされていたアルヴィスが息を飲んだ。

 

「……そうか! そういうことか……」

「アル?」

 

 腑に落ちたような彼の物言いに、隣のベルがきょとんと見上げる。

 

「あの村の秘宝と呼ばれていた物も、同じ素材で出来ていたんですね、イフィーさん」

 

 アルヴィスの問いに、彼女は静かに頷いた。

 

「え、何の話だ?」

 

 向かい側に座るギンタを始め、さっぱりわからないという様子の面々に、アルヴィスはイフィーの気配の方を伺う。「いいわよ、続けて」という彼女の言葉に口を開く。

 

「ギンタ、思い出せ。あの村では最初、何が起きていた?」

「えーっと……確か荒らされて……なんか無くなったって……」

「村のお宝かなんかが、盗られたって言ってたっスよね」

「その村の秘宝というものが、今回の元凶であり、オレの姿をしたヤツの正体だ」

「……え?」

 

 思考が追いつかず、若干呆けた感じで誰かがつぶやいた。

 

「どういうことだ!?」

「あの村のお宝は、人だったってことっスか?」

「人ではないわ。あれは人に限りなく近いけれど、人ならざるもの」

 

 イフィーがさらに言う。だがあまりに抽象的な表現であり、アルヴィスを除いた一同はピンと来ないままだった。

 

「……えーっと、つまり……?」

「……一から順に説明するわね」

 

 首を捻りつづけるギンタたちを見て、イフィーはていねいに説明を始めた。

 

「かつて何十年も前。あの村の奥にあった洞窟は、交易品として外に出回っていた。その中の一つが、いくつもの土地を行き来し、船を渡り、このカルデアにやってきた。ARMの材料としてね」

 

 古い記録にあったわ、とイフィーは言う。その言葉を継いで、アルヴィスが続ける。

 

「そして時期は不明だが、同じ材料で別の物も作ったんだ」

「それが村の秘宝……?」

「ああ。……あの村は小さい共同体だからこそ、内側の人間同士の結びつきが強い反面、外の人間に対してとても懐疑的だった」

「かいぎてき……」

「って、何……?」

「……簡単に言えば、疑いを持っており、信用していないということだ」

 

 目を点にしたままのギンタとウィートに、溜息をつきつつもアルヴィスは補足する。

 

「だからと言って、身内に対する暗い感情がまったくない訳ではなかったんだろう。大きな争いこそ起こらなかったものの、小さないざこざは少なからずあったはずだ。

……しかし互いの顔が見える狭い社会の中で、敵対し合うことは好ましくない。ならばと、かつて村の長は考えた。『その負の感情を集める、器を作ろう』と」

「……ねぇ、それってまるで……」

 

 アルヴィスの淡々とした語り口を聞いていたドロシーが、焦ったように言いかける。

 

 

「オーブ……」

 

 

 場に響いたイフィーの呟きに、全員が思わず息を止める。

 

 

「に、似ているでしょう?」

 

 

 誰も答えはしなかった。だが同じことを思っていた。

 八年前、カルデアからディアナが持ち出した、この世の悪意が詰まった宝玉・オーブ。

 それと似たような仕組みのものが、他にもあったのだと。その可能性に背筋が冷たくなっていた。

 

 

「ちょっと待ってよ。じゃあオーブ以外にも、人の邪悪な意識が封印されたものがあるってこと?」

「……絶えず増え続ける人の闇が、たった一つの器に収まり切ると思う?」

 

 声を大きくしたドロシーに、イフィーは冷静に聞き返す。その態度に少し頭が冷えた彼女は、苦い表情を浮かべ首を振った。

 仮にも八年間、メルヘヴン中を回ってきたのだ。世界が美しいものだけでないことは、彼女自身がよくわかっていた。

 

「そのような封印が施された場所は、他にもあると考えていいと思うわ。……私たちが把握していないだけで、人々は平和への手段を見つけようとしたんじゃないかしら」

「自分たちの負の感情を、別の何かへ封じ込めちまうことで、争いを無くそうとしたってワケか……」

 

 それは意図せずとして、オーブと似た存在となった。メルヘヴン中の悪意を溜め込んだオーブと比べることはできないだろうが、一般人の手に余る物であることに変わりはない。

 

「にしてもアルちゃん、よくそんなことまで知っとったなぁ」

 

 宝の成り立ちなどどうやって知ったのかと、ナナシが相槌を打つ。すると「本人に直接聞いたからな」と驚きの答えが返ってきたので、仲間たちは一斉に目を剥いた。

 

「はぁ!?」

「お前、あの偽者とまた会ったの!? いつ!?」

「昨日の夜、外で……」

「このバカ!! 目が見えねぇのに一人で行く奴があるか!!!」

 

 途端にアルヴィスは次々と咎められ、しまいには正面からアランの怒号を浴びる。しばし体を硬直させ面食らっていたが、さすがにバツが悪いと思ったのか、素直に頭を下げた。

 

「ヤツの正体に確証がなかったもので……すみません」

「いや、よく無事で帰ってこれたっスよ」

「ホント……無茶しないでよ、アル……」

 

 心配そうな声を漏らしたベルに、アルヴィスは「ごめん」とささやいた。

 

「話を戻そう。……これはオレの推測だが、代々村の宝として伝わっていたのなら、封印の仕掛けを施した物に入れられていたはずだ。かつてバッボがそうであったようにな。けれどそこから出されたことで、制御が利かなくなった。……最初に持ち出した者の意図はわからない。宝の正体を知っていたのか、あるいは財宝だとでも思い、売り捌こうとしたのか。いずれにせよ、結果として封印は解かれてしまった」

「でもそれが、なんでアルヴィスの姿をしてるんスか?」

「……オレは実物を見ていないが。『あの』ARMは確か、ディメンションARMという話だっただろう」

「ええ、確かそう。ディメンションだった……」

 

 アルヴィスの確認に、先日クローズドウィングに触れたドロシーが頷く。横のスノウもうんうんと首を縦に振る。ARMの効果から考えると、分類が珍しいと感じたのを覚えていたのだ。

 一方当時を思い出し、複雑そうな表情になるアルヴィスに代わり、イフィーが説明を続けた。

 

「おそらくARMが壊れた後も、しばらくの間、アルヴィス君の魔力が元になった心の闇のような空間が残っていたのね。それと同じ素材で作られた、あの村の宝が反応した……封印が解かれて暴走した魔力と、意図せずしてシンクロしてしまったのよ」

「それがアルヴィスの偽者の正体……」

「そう。アルヴィス君の体に起きた異変も、彼とシンクロしてしまっているのが原因でしょうね」

 

 アルヴィスの視力が利かなくなってしまったのも、彼と偽者の魔力が全く同じであったのも、それが理由であると彼女は言った。

 

「……つーことは、アイツを倒せば全部解決ってわけだ」

「うむ! なんじゃ、整理すれば簡単な話じゃな」

 

 話を理解したギンタが、拳をパンと自分の手のひらに当てる。バッボもぴょんぴょん跳ねながら意気揚々と同意する。

 

「け、けどギンタ、あの偽者に攻撃を当てたら、アルヴィスも同じようにダメージを受けてたっスよ? なのにどうやって倒すっスか?」

「あ、そうだった」

「アルちゃんとシンクロしてるなら納得やけど、それが厄介やね」

「……それともう一つ、気になることがある」

 

 アルヴィスの発言に、一同は彼に再び視線を向ける。

 

「昨日会った時、ヤツは『もう少し』と言っていた。その言葉から考えると、おそらくまだあの村の負の感情を集めているんだろう。そんな状態でヤツを倒せば……」

「……行き場のなくなった、負の感情がさまようことになる……?」

 

 ドロシーの推察に、何人かがハッとする。首肯したアルヴィスは神妙な面持ちで告げる。

 

 

「下手をしたら、今回と同じようなことが起きる可能性もある」

 

 

 そうだとしたら、一体どうすれば良いのか。途方に暮れるような気持ちになり、誰もが口をつぐんだ。

 

 

「……自然な形にすればいいのよ」

 

 

 するとイフィーが静かに言った。

 まるで自分にも言い聞かせるように、胸に手を当ててイフィーは語る。

 

 

「負の感情といっても、元は人々の心から生まれたものよ。表があれば裏もある。それを本来のあるべき姿に、戻せばいいだけ」

「イフィーねぇちゃん……?」

 

 

 不思議そうに名前を呼ぶウィートに微笑み返し、イフィーはアルヴィスへと視線を動かす。

 

 

「あなたなら答えがわかるはずよ、アルヴィス」

 

 

 呼びかけられたアルヴィスは、少しのあいだ目を伏せ、思い悩むような表情を隠す。

 しかし次に顔を上げた時には、濁りのない、澄んだ青い瞳がそこにあった。そして得心したように、ゆっくりと深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

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