同じ空を抱えて〈14〉

 

 

 

 その日の夕方近く、メルの一行はノクチュルヌを再び訪れた。

 今回の騒動の元凶である『彼』を倒す上で、村の人間の協力が不可欠だったからだ。

 しかしメルに気づいた村民の一人が、メンバーが話しかけるよりも先に口を開いた。

 

「アンタたちに、話しておきたいことがある」

 

 意外な言葉とともに、一行は村長宅に招かれた。メルヘヴンの家屋の中では比較的こじんまりとした家だったが、調度品には工夫が凝らされており、村の中では一番大きな屋敷であった。庭の奥には地下室もあるらしい。

 屋敷には主人である村長とその妻のほかに、村の重役らしき壮年の男たちが数人待っていた。

 出迎えた村長の口から語られたのは、この事件のきっかけの出来事であった。

 

 イフィーとアルヴィスの推測通り、この村には村外れの洞窟で採れた特別な水晶によって作られた宝玉が、代々宝として伝わっていたこと。

 それは、けして封印を解いてはならないと言われていた物であったこと。

 しかし何がきっかけだったのか、そのことを知った村の若者たちが数人、少し前に村長の家に忍び込み、地下室に安置していた宝玉の箱を開けてしまったこと。

 けれど箱から出した瞬間にその宝玉は一人で宙に浮き、まるで意思を持ったかのように動いてどこかへと飛び去ってしまったのだと言う。

 奇しくもそれは、先日アルヴィスが夢で見た光景と重なっていた。

 

 村に災いをもたらしてしまった罪悪感からか。村長宅に忍び込んだ連中の一人が、先日自らそのことを告白してきたのだという。償いは何でもすると、地面に頭を着けるほど下げて。

 一通り話を聞き終えると、ドロシーがふんと鼻を鳴らす。

 

「なぁんだ。最初から自分たちの問題だったんじゃない」

「ドロシー、それは……」

 

 言い過ぎだよ、と口にしかけたスノウを止めるように別の声が響く。

 

「いや、そのお嬢さんの言う通りだ。儂らには何も言えん」

 

 これまで頑なだった村長の思いがけない態度に、ドロシーのみならずギンタたちまで思わず目を丸くしてしまう。

 その反応を認め、居た堪れなくなったのか。俯きながら机の上で両手を組み、村長は重々しく吐き出す。

 

 

「『アレ』を生み出してしまったのは、他人を信じられなかった儂らの心だ。……知っての通り、ノクチュルヌはとても小さな土地だ。けして豊かではない、大昔の火山の名残が採れる程度のこの村で、静かに、平和に暮らしたいと願ったがゆえ、儂らは祖先の代から受け継がれた宝に頼り、人同士の不和から目を背け続けてきた」

「……平和を願う気持ちが、悪いとは思わないよ」

 

 

 言葉を選びながら、ギンタは言った。村の人間たちの心情は、少なからず理解できると。その発言に礼を言うかのように、村長は硬い表情を和らげた。

 

 

「しかし、ならば儂らが本当にすべきだったのは、問題の解決だったのだ。互いに歩み寄り、言葉を尽くすこと。誤解を恐れずに、話し合うこと。時にそれは衝突を招くかもしれないが……争いをなくして、本当にわかり合うためには、儂らが避けていたそれらの行為が必要だったのだろう。……アンタたちが、何度もこの村を助けてくれたようにな」

 

 

 村長宅には、以前メルのメンバーに罵声を浴びせた者もいた。ぐっ、と数人が後悔からか目を伏せる。

 

 

「それなのに、儂は、儂らは、自分たちが一番正しいと信じていた。見たいものだけ見て、都合の悪いことには目を瞑り、外の人間のせいにして生きてきた。そして……アンタたちに、ひどい態度をとってしまった」

 

 

 懺悔に身体を震わせながら話す村長の拳に、隣に座る妻がそっと包み込むように手を伸ばした。それに見つめ返した後、村長はメルの面々に向かい、深々と頭を下げた。

 

 

「すまなかった」

 

 

 そして彼の妻も、同席していた村民全員も、皆一様に頭を下げた。

 対する一同は、何を言っていいかわからず無言のままでいた。それぞれに戸惑い、理解、安堵など、一言で表現しきれない複雑な気持ちを感じながら、その場に佇んでいた。

 

 

「散々ひどい態度を取ってしまったアンタたちに、図々しい頼みだとは思うが……どうか、奴を倒してほしい」

 

 

 村長はおもむろに立ち上がると、アルヴィスの前に進み出た。

 自分たちを傷つけた者と同じ姿の、しかし別人である彼。傷ついた村人たちを助けようと、手を尽くしてくれた彼。その彼に歩み寄る。

 アルヴィスの顔が音と気配を追うものの、瞳の焦点が合わないことから、村長は彼の目が見えなかったことを思い出す。

 ためらいつつも、驚かせないようゆっくりと、タトゥの見える彼の手に触れた。

 唐突な感触に、アルヴィスは一瞬だけ身じろぐが、すぐにその手の持ち主を理解した。節くれだった指が、偽りない謝意を伝えていた。

 

 

「はい……必ず」

 

 

 真摯な表情で答えた彼に、見えないとわかりながらも村長は静かにもう一度、頭を下げた。

 

 

 

 

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