同じ空を抱えて<6>

 

 

 

 朝もやが覆う薄闇に、煙の色が交じる。広がるのは、血と火の匂い。

 次々に上がる悲鳴が、人々を更に混乱へと叩き落としていく。

 

 

  ああ、心地良い。

 

 

 砂埃がくすぶる村を眺めていると、くくっと笑いが喉の奥を上ってくる。

 手に馴染んだ獲物を振るい、アクセサリーに戻して腕を下ろす。生まれた時から感じている衝動(もの)に、身体が尚も疼いている。

 

 

  さあ、次はどうしようか。

 

 

 おさまることのない感情(それ)に身を任せ、まるで吠えるように、彼はまた嗤い声を上げた。

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 身体のバランスが崩れるのを感じ、アルヴィスは咄嗟に壁に手を着いた。

 石の床にできた、細かい割れ目に足をとられたらしい。

 

「アル! 大丈夫?」

「ああ」

 

 すかさず声をかけるベルに返事をし、何とか転倒せずに済んだことに息を吐く。

 

「もー。この床、こんなにヒビ入ってるのに放っておくなんて。後でお城の人に言わなきゃ」

「いいよベル。これにつまづくのは今のオレくらいだ」

「でも……」

 

 ベルが心配そうな目で見つめてくるのがわかる。彼女のいる方向に、アルヴィスは安心させるような笑みを向けた。

 目が見えなくなってから、五日目になる。

 この五日間は怪我こそしていないが、視界は常に不安定なままだ。

 戦力にもならないこの状態では、正直ウォーゲームが再開しないで欲しいとさえ思ってしまう。もどかしさばかりが募る。

 

「……はぁ……」

 

 ベルの視線が外れたのを察し、アルヴィスがひっそりと漏らした溜息には、隠しようのない疲れが滲み出ていた。

 しかし、刹那感じた感覚に、彼は弾かれたように顔を上げる。

 

(……何だ?)

 

 得体の知れない者の気配。しかし城内のさまざまな人のものと混ざり、よく分からない。

 

(……気のせいか?)

 

 見えない目で宙を睨むアルヴィスを不思議に思い、ベルが声をかける。

 

「アル、どうしたの?」

「……いや、何でもない」

「そう? ……やっぱり、少し休んだ方がいいよ。感覚を忘れないためっていっても、ちょっと無理しすぎ」

「そんなことないさ、大丈夫だよ」

「だめー! アルヴィスが無理をするのは、いつものことなんだから!!」

 

 ベルの可愛らしい怒鳴り声に、アルヴィスは思わず笑う。頬を膨らませて怒った彼女の顔が今にも見えるようだ。

 

「……わかった。じゃあ少し休憩する」

 

 彼女の提案を飲むと、ベルは満足そうな表情で頷く。その様子はアルヴィスには勿論見えていないが、彼女の気配から笑ったのを感じて己もさらに微笑んだ。

 

「なにか持ってきてあげる。ちょっと待っててね」

「ああ、ありがとう」

 

 ここ数日で、前より聞こえるようになった彼女の小さな羽音が離れてゆく。

 アルヴィスが今いるのは、城の中庭に通じる一階の廊下だった。手探りで壁をたどり、外へ繋がるところまで来て壁にもたれる。

 ここならば、戻ってきた彼女も自分を見つけやすいだろう。

 

「……!」

 

 しかし再び、アルヴィスは先刻と同じ気配を感じ、辺りを窺う。

 近くに仲間たちはいない。だが、確認だけでもしておくか。アルヴィスは魔力を抑えながら、ゆっくりと足を進める。

 吹き抜けとなっている通路を抜けて、奥の角を曲がった。

 

「わ!」

「っ!」

 

 と、急に目の前で誰かの声がして、アルヴィスは上半身にブレーキをかけた。だが間に合わず、衝撃で視界が一瞬白く弾ける。

 足がたたらを踏みそうになったが、見えない手に肩を支えられた。

 

「すみません! 大丈夫ですか?」

「はい……こちらこそすみません」

 

 声からして、どうやら若い男のようだ。謝罪しつつアルヴィスは密かに相手の魔力を確認するが、探していた人物とは別の人間のようだった。

 

「すみません……今少し視界が頼りにならないもので」

「知っています、アルヴィスさん。……こんな所でどうしたんですか?」

 

 事情を知る口ぶりから察するに、レギンレイヴの兵士だろうか。アルヴィスは再度辺りを探った後、彼に尋ねた。

 

「……変な気配を感じたのですが、誰か見かけたりしませんでしたか?」

「いえ……私はこの辺りを見回っていましたが、特に変わったことは…」

「……そうですか」

 

 気配の主は姿を消したのか、もう掴めない。

 

「……わかりました、ありがとうございます」

 

 じきに戻ってくるだろうベルに心配をかける訳にもいかないので、アルヴィスは探索を打ち切ることにした。

 彼女と別れた場所まで引き返そうとすると「どちらに行くんですか?」と声がかかる。

 

「え? ああ、向こうの廊下まで」

「だったら私が送ります。支えがある方がいいでしょう」

「いえ、大丈夫です。お気遣いなさらず」

「遠慮しないで下さい。困った時はおたがい様です」

「ですが……」

「このくらいのことは当然です。あなた方にはウォーゲームで戦ってもらっているんですから」

 

 男の言葉に、アルヴィスはかすかに笑みを浮かべた。

 

「……ではお言葉に甘えて。すみませんがお願いします」

「はい」

 

 彼に誘導されるまま、アルヴィスは足を踏み出す。

 支えられながら歩くのに意識を集中させていたアルヴィスは、己に近付く別の影に気が付かなかった。

 

 

 

 

「お待たせ、アルー!」

 

 近くの林に実っていた果物をもぎ取り、両手で抱えてベルが戻ってきた場所に、アルヴィスの姿はなかった。

 

「……アル?」

 

 きょろきょろと辺りを見回すが、隠れている様子もない。ベルの心に不安が広がっていく。

 

「アルヴィス、どこに行ったの!?」

 

 切羽詰まった自分の声だけが、廊下に大きく木霊した。

 

 

 

 

    → 第七話